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zoom RSS 道徳教育について考えました

<<   作成日時 : 2015/09/13 21:56   >>

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道徳の授業って何を教えてもらうの?どのように評価されるの?
まずは心にとまった新聞記事をご紹介します。事項で考えてみたことをつぶやいてみたいと思います。
記事のテーマは自殺なので、少し重たいですが、この記事からたくさんの寄り添うヒントを得られるような気がしました。

毎日新聞 『こころと向き合う』 松本俊彦さんコラムより

 日本の自殺は、1998年に中高年男性を中心に急増し、14年間にわたって高止まりしてきた。だが、最近3年間は、確実に減少傾向を示している。
 とはいえ、「これで一件落着」とはいかない。中高年層の減少幅に比べて、10〜30代という若年層の減少幅が小さいからだ。日本の15〜39歳の死因の一位は自殺であり、先進国の中では例外的な現象だ。現在、日本の自殺予防における新たなターゲットは若者となっている。
 若者の自殺予防というと、必ずお決まりの意見をいう識者がいる。いわく「早期からの教育が必要。小学校のうちに『命の大切さ』を教え、たたき込むべし」
 この手の意見を聞くたび、私は「またか」と嘆息する。もちろん全てが間違いではない。「早期からの教育」には賛成だ。なぜなら、20〜30代の自殺を考える者の多くは、既に10代から「消えたい、いなくなりたい、死にたい」と考えているからだ。
 問題は教育の内容だ。命の大切さを教える授業とは、ともすれば「命の尊さ」「自分を大切に」「産んでくれてありがとう」の連呼になりやすい。しかし、自殺リスクの高い子どもの多くは、家庭や学校で暴力や自らを否定される体験にさらされている中で「人に助けを求めても無駄だ」と絶望している。そんな子どもに「命の大切さ」などという言葉は気休めにもならない。「命が大切なら、なぜ自分ばかりが殴られるのか。なぜ『あんたなんか産まなきゃよかった』と言われるのか」と新たな混乱を引き起こすだけだろう。
 ベタな美辞麗句は教える側の自己満足にとどまり、追い詰められた子どもの胸には響かない。そればかりか「『死にたい』と考える自分は不道徳なのか」と自らを恥じ、助けを求めることにますます消極的になろう。その結果、将来の自殺リスクをむしろ高めてしまう危険もある。
 必要なのは道徳教育ではない。 「つらい気持ちに襲われた時、どうやって助けを求めたらいいか」「友達が悩んでいたら、どうやって信頼できる大人につなげたらいいか」「信頼できる大人はどこにいるのか」を教えること。
 つまり、健康教育なのだ。

事項で私の今感じていることをつぶやいてみたいと思います

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